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浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)1062号 判決

原告

蓮見享也

ほか三名

被告

山本一郎

ほか一名

主文

被告らは各自原告蓮見享也に対し金一二六万五六二五円、原告蓮見トヨ子、同蓮見健次、同蓮見政男に対し各金一二六万五六二三円及びこれらに対する昭和五五年一〇月二五日から各完済まで年五分の割合による金銭を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告四名の連帯負担とし、その余を被告二名の連帯負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  (原告ら)請求の趣旨

1  被告らは各自原告蓮見享也に対し三九五万五四二一円、その余の原告らに対し各三六〇万五四二一円及びこれらに対する昭和五五年一〇月二五日から各完済まで年五分の割合による金銭を支払え。

2  被告らは各自原告らに対し各二五万円及びこれに対する本判決言渡の翌日から完済まで年五分の割合による金銭を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右1、2につき仮執行宣言

二  (被告ら)請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生 昭和五四年六月一一日午後七時三二分頃、群馬県館林市富士見町五番二七号地交差点で、被告山本紀夫運転の普通乗用自動車(群五六ち五三五五、以下「被告車」という。)が、亡蓮見とく運転の足踏式自転車(以下「原告車」という。)に衝突し、よつて右とくは死亡せしめられた。

2  事故の態様=被告紀夫の過失 本件交通事故発生直前、被告紀夫は被告車に女性を同乗させ、同女との話に夢中になり、同所の最高制限速度である時速四〇キロメートルを超えた時速約六五キロメートルで進行し、かつ、速度メーターに注意力を集中しすぎ、これにより前方注視を怠つた過失により、折柄自車の左側の道路から進入して中央附近まできた亡とく搭乗運転の原告車に衝突したものである。

3  被告一郎の責任 被告一郎は右被告紀夫の父であつて、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者である。

4  損害

イ 亡とくの逸失利益 亡とくは大正一二年二月二七日生で、本件交通事故発生当時五六歳の健康な女子で、三羽工業株式会社に前年停年となつたが、引続き労働可能の間は嘱託として勤務できるので稼働していたところ、本件事故により、事故当日から六八歳に達する前日までの一二年間にわたり、初年度年収一四三万八六八五円、次年度以降年収各一五〇万一六八五円の稼働収入を挙げ得べく、これをホフマン式計算方法で年五分の中間利息を控除した現価の合計である一三七七万二〇四九円から生活費としてその二分の一を控除した残額六八八万六〇二四円の利益を失つた。

ロ 逸失遺族年金 亡とくは、昭和三八年五月二一日死亡した亡夫孝三郎の厚生年金遺族年金として年額四七万八〇〇〇円を受けていたところ、亡とく固有の厚生年金老齢年金(次記ハ)が受けられる六〇歳に達する直前までは右遺族年金を受給し得べく、この四年間の該金額を同様ホフマン式算法によつて算出した現価合計は一七〇万三一一四円となる。

ハ 逸失老齢年金 亡とくは、六〇歳から六八歳に達する直前までの八年間は、前記イの賃金を得ながら年額四九万二七〇〇円の、その後可稼働期間後は、年額九一万二〇〇〇円に増額された老齢年金を七八歳まで受けうるから、これらの年金合計のホフマン式算法による現価は、八〇九万六〇七九円となる。

ニ 慰謝料 一二〇〇万円

ホ 亡とくの長男原告享也は、葬儀料として七〇万円を支出した。

5  原告らの地位と相続

イ 原告享也は亡とくの長男、原告トヨ子は長女、原告健次は二男、原告政男は三男である。

ロ 亡とくには原告四名のほかには相続人がなく、同女の死亡により原告らは同女の権利(右4のイないしニの合計二八七八万五二一七円)の各四分の一を相続により承継取得した。

6  損害の一部填補

イ 原告らはいわゆる自賠責保険から合計一四二六万三五三〇円を受領した。

ロ 原告享也は右保険中の葬儀費として三五万円を受領した。

7  弁護士費用 各二五万円 原告らは原告代理人弁護士に本訴の提訴と追行とを委任し、着手金五〇万円、成功報酬一〇〇万円を本判決云渡日に支払うことを約したので、その四分の一あての各二五万円が損害となる。

8  よつて被告一郎は自賠法三条による運行供用者として、被告紀夫は民法七〇九条による直接の不法行為者として、各自原告享也に対しては、前記5のロの二八七八万五二一七円から6のイの一四二六万三五三〇円を控除した残金一四四二万一六八七円の四分の一にあたる三六〇万五四二一円(端数放棄)と前記4のホの七〇万円から6のロの三五万円を控除した残金三五万円との合計三九五万五四二一円、その余の原告らに対しては各右三六〇万五四二一円及びこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和五五年一〇月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに原告四名に対し各前記7の二五万円及びこれに対する本判決云渡日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、3、5のイ、6のイ、ロを認める。

2  同2を否認する。

3  同4のイないしニのうち、亡とくが大正一二年二月二七日生であることは認めるが、その余を争う。同ホは知らない。遺族年金は、遺族の援護ないし生活の保障のために支給されるものであり、老齢年金は、労働者に対し老齢等による労働能力の減退、喪失に伴つて支給されるものであつて、いずれも受給権者自身の生活補償的側面が大きく、その稼働能力とは無関係であるところ、不法行為に基づく損害の一種目であるいわゆる逸失利益は、被害者の労働能力の毀損による得べかりし収益の喪失を意味するから、稼働能力とは無関係な前記年金受給権の喪失を賠償すべき損害となすを得ない。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故現場は、それぞれ交差する道路の状況上、見通しが悪い交差点であり、とくに亡とくの進行した道路は、これと交差する道路に比して明らかに狭く、一時停止の標識も設置されていたところ、亡とくは一時停止を怠り、左右の安全も確認しないで進行し、本件交通事故に遭遇したものであつて、本件事故の主原因は亡とくのこれら過失にある。

よつて損害賠償額の算定にあたつては斟酌されるべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  責任原因について

請求原因1(本件交通事故の発生)の事実は当事者間に争がない。この争のない事実に成立に争のない乙第一ないし第五号証を総合すると、本件事故発生地点である交差点は、ほぼ東西に市街地を貫通する主要地方道である県道館林=藤岡線(以下「東西路」という。)と、郡馬県館林市内の鶴生田川の川岸に沿い、北方同市栄町方面と南方同市千代田町方面とを南北に結ぶ道路(以下「南北路」という。)とが概整形に交差する十字路であつて、この交差点の近傍では、東西路は、北側に幅約一メートルの歩道を擁し、車道幅約七メートルのアスフアルト舗装の直線路で、前方及び路傍の見とおしはよく、最高制限速度時速四〇キロメートルのほか格別の交通規制はなく、他方南北路は、幅員約四・二メートルで、北進して本件交差点に至るにはその手前で一時停止の規制がされているものの、交差点手前での右方への見とおしはよかつたこと、本件事故発生当時は曇天であり、既にやや暗かつたこと、被告紀夫は夕食を共にしようとして助手席に友人の女子短大生を同乗させ、被告車(ニツサンスカイライン)を運転し、東西路を同市西本町方面から西進中、本件交差点の東方約四〇メートルの地点に達した際、自車が高速すぎると思つて速度計を見たところ、計器は時速六五キロメートル位を指示していることを確め、次いで本件交差点の東方約二〇メートルの地点で、左前方交差点内(交差点の概中心部から南方約三メートルの地点)に、白つぽい上着を着、原告車に搭乗して本件交差点を横断中の人(亡とく)を発見し、危険を覚え、急制動を用いながらやや右方に転把したが及ばず、本件交差点のほぼ中央部付近で、自車前部中央部を原告車の右側面に衝突させ、そのまま原告車を西方に押し出し、自車は右衝突地点から二六メートル余進行して停車し、亡とくはこの停車地点からさらに西方五メートルほど前方に投げ出され、同日全身打撲により死亡したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると本件交通事故は、専ら被告紀夫の重大な過失によつて惹起されたものと解するのが相当である。被告は亡とくにも一時停止を怠り、左右の安全を確認しないで進行した過失がある旨主張するが、これらの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

請求原因3は当事者間に争がない。

以上によると被告紀夫は直接の不法行為者として、被告一郎は運行供用者としていずれも本件交通事故に基き亡とくらの蒙つた損害の賠償責任を負担すべきである。

二  損害額について

1  亡とくの逸失利益 亡とくが大正一二年二月二七日生であることは当事者間に争がなく、原告享也本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第一号証に弁論の全趣旨を総合すると、亡とくは本件交通事故発生当時五六歳の健康な女子で、郡馬県館林市内にある三羽工業株式会社に嘱託の機械工として就労し年収一四三万八六八五円を得ていたこと、同社の内規によると、引続き労働可能の間は嘱託の同職種で稼働でき、また亡とくは、当時独身であつた原告トヨ子と館林市内の借家(六畳二間で月額賃料三万円)に同居していたもので、就労可能の間は稼働の意思と能力があつたことが認められるのでこれらの事実によると、逸失利益の現価は六八八万六〇二四円(可稼働期間=六八歳に達する前日までの一二年間、初年度年収右同額、次年度以降年収額一五〇万一六八五円、生活費五割としてホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除)となる。

2  原告らは亡とくにつき遺族年金、老齢年金を本件交通事故による逸失利益なる損害として訴求するが、当裁判所は被告らと同旨により、その損害賠償性を消極に解さざるを得ない。

3  慰謝料 原告享也本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、亡とくは、機械工をしていた夫孝三郎との間に本件原告ら三男一女を儲けたが、昭和三八年五月、夫の死別後は右四児(長男である原告享也も一六歳位)を機械工として稼働しながら女手で育て、本件事故発生当時、男児はいずれも家を出て自ら稼働していたが、四児とも未だ独身であつて、同居する原告トヨ子は未婚であつたから、年金を受給しながら、五五歳の停年を過ぎたとはいえ、なお長く将来にわたつて稼働する意思と能力(必要)とを有していたところ、前叙の如く高速運転の被告車によつて即日死亡せしめられたものであるから、これが慰謝料は一二〇〇万円とするのが相当である。

4  葬儀料 原告享也本人尋問の結果によると、原告享也は(後記のとおり亡とくの長男として)、亡とくの葬儀費、四九日、一年忌の法要費として五〇ないし六〇万円を支出したことが認められるが、そのうち賠償性のあるいわゆる葬儀料としては三五万円が相当である。

5  請求原因5のイは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によると、亡とくは原告四名のほかには相続人がなく、同女の死亡による前記1の逸失利益及び3の慰謝料(合計一八八八万六〇二四円)は原告四名が各四分の一あて相続により承継取得したことが明らかであるところ、原告らはいわゆる自賠責保険から一四二六万三五三〇円を受領したことは当事者間に争がないから、これを控除すると、原告享也は一一五万五六二五円(整数円による商余の二円は、葬儀主宰者たる長兄享也の有と解する)、その余の原告三名は各一一五万五六二三円となる。

なお、原告享也は右保険中の葬儀費として三五万円を受領したことは当事者間に争がないので、これによつて前記4の賠償性のある葬儀料は填補された筋合である。

6  原告享也本人尋問の結果によると、原告らは原告代理人弁護士に本訴の提起と追行とを委任し、着手金五〇万円、成功報酬一〇〇万円を平分負担支出することを約したことが認められるところ、本訴審理の経過及び結果、殊に前示認容額その他諸般の事情によると、そのうち原告らに各一一万円の限度で賠償性を肯定すべきである。

三  結論

よつて原告らの本訴請求は被告ら各自に対し、原告享也については一二六万五六二五円、その余の原告らについては各一二六万五六二三円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年一〇月二五日から各完済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金を求める限度で理由があるものとして認容し、その余は失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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